紫乃火花 募集中!

2020年5月1日

──芥川龍之介、或阿呆の一生に此んな一節があります。

架空線は不相變あひかはらず銳い火花を放つてゐた。彼は人生を見渡しても、何も特に欲しいものはなかつたが、この紫色の火花だけは、──凄まじい空中の火花だけは命と取り換へてもつかまへたかつた。

其處で、何ものにも代へ難い、命に代へても欲しいやうな紫乃火花むらさきのひばな(──或人は自己の情緖と表現した)を募集することゝ致しました。

元來、此のやうなものは誰かにペラペラと話すやうなことではありません。
唯、多くの者は歲を取るにつれ、嘗て抱いてゐたものを捨てて、……あの頃は若かつた、──此れが大人に成ると云ふことなどゝうそぶいてゐます。
(──本當は自分でも取り返しのつかないことだと、捨てたものゝ大きさを知つてゐるのに、……)
あれ程光り輝いてゐた者たちも、さうなつては唯の醜い負け犬です。

其んな時、あと一步、──あと一步、周りの者が協力してゐれば、あと一步、自らの志に立ち向かつてゐたなら、……
──其れでも、辿り着けたのかは知りません。
けれど、今の人生よりはきつと輝かしいものに成つてゐたのではないかと思ひます。

ひと昔前の田舍なぞでは、話掛けたりすると「まあ、まあ、御茶でも飮んで行きなさい」と云ふ御婆ちゃんなどが澤山いました。
(──無論、何か見返りを求めてゐる譯ではありません)
そんな何氣ない言葉でも人は前を向け、明日を見出せるものです。
今では、そんな御婆ちゃんも中々見かけなくなりました。

私は皆が、少しでも他者に氣を掛けたら、少しでも寬容な心を持てば、此の世は今よりも隨分明るくなると思つてゐます。
些細なことで好いのです、些細なことで好いから、……

何はともあれ、貴方の何ものにも代へれぬ、紫乃火花 募集中です。

コチラに御送りください。