私の經緯

2020年4月20日

少年は五歲の頃に母親を亡くした。
丁度、其の時分から、少しづゝ世に違和感を覺へ始める。
又、父親は働かず、日々子供に暴言や暴力を行ふやうな、碌でもない男だつた。
無論、御世辭にも豐かとは言へない家庭であつた。
「辛い。……」
──と思ふと同時に、彼は未だ自分が生きてゐる事を今更ながら實感する。
少年は自身の中に何かゞ沸々と湧き上がるのを感じてゐた。

或時、少年は靑年に成つてゐた。
彼は自らの生ひ立ちを恨んでなぞゐなかつた。
寧ろ、自らを苦しめた貧しさに關心さへ持つてゐた。
靑年のやうな子が生まれぬ世界を目指し、今立ち上がらうとしてゐた。
又、彼は海外の貧困に興味があつた。
自身なぞ比べ物にならない境遇に育つ子供たちへ何か强いものを感じたのだらうか。
彼は當時アジア最貧國の一つと言はれたバングラデシュに行く事を決めた。
氣が附けば、靑年はウットラと云ふ地區に居た。
十七歲の時であつた。

靑年はとある事を學び無事歸國する。
貧困は彼が思ふ以上に大人の汚い手に塗れ、決して單純な問題では無かつたのだ。
當時、彼は貧しさを純粹な肉體の饑へだと考へてゐた。
空腹さへ滿たせば爭ひは無くなるのだと。
──無論、其やうな事は無かつた。
何より靑年が感じたものは心の貧しさであつた。
其處に生氣が無い。
虛ろな目(──まるで死んだ魚のやう)を持ち、壞れたロボツト、或は屍のやうにふらふらと彷徨つてゐる。
待て、少し待つてくれ給へ。
彼は母國である日本で二度目の氣附きをする。
壞れたロボツト、或は屍、──其れがより蔓延つてゐるのは我國ではないか。
バングラデシュの人々が隨分增しぢやあないか。
靑年の中には又何かが沸々と込み上げてゐた。

靑年は益々心へ關心を集めてゐた。
優しさも、憎しみも、安らぎも、苦しみも平氣で同じ處に作つてしまふ心が興味深かつたのだ。
彼がふと開く文獻や繪にある古人は、貧しさの中に優れた豐かさが在つた。
其處には今とは計り知れない古人の文明、敎養ある營みが存した。
心が豐かであつたから、優れた文明を生み出せたのだらう。
特に彼は繩文時代に惹かれてゐた。
靑年は古の營みを一先づの目標として、更に其先に在る世界を目指した。
彼は幼少期の經驗を忘れた譯では無い。
自分のやうな子を作らぬには、世を好くするには、其の先に廣がる新世界へ往くには、──彼の燃え盛る炎は寧ろ强まるばかりだつた。

靑年は壯年を迎へてゐた。
(──何時までも靑年と呼ばせてくれ給へ)
彼は一人で物事を行ふ事に限界を感じてゐた。
靑年の遣りたい事は決して一人で成せる事では無かつた。
彼は目指す光を見失ひさうに成つてゐた。
炎もすつかり衰へ、今にも消へさうである。
靑年は薄暗がりの部屋で、ふと百八星の好漢達を思ひ出す。
あの、替天行道と云ふ志の元に集つた豪傑達を。
さうだ、梁山泊を作らう。
同志の集へる場所を作り、世の中を好くしよう。
彼の中にもう一度火花が見へた。

壯年は自らの感情や思想を世へ發信する事にした。
藁にも縋る思ひでBlogの作成を試み、忌み嫌つてゐたTwitterも始めた。
彼にPrideなぞ殘つてはゐなかつた。
又、彼は光へ向かひ始める。
此れを最後まで讀んでくれた好漢好女と共に。

Posted by Duo-Si